1400年以上の歴史を持つ羽黒修験道の行場・羽黒山では、古より修験者が春夏秋冬と年4回の
峰修行を行なってきました。
明治の世となり、出羽三山が神の山になると、羽黒山頂の
清僧修験者のみで行なってきた春峰は寺院の崩壊とともに廃絶しました。
しかし残りの夏峰・秋峰・冬峰は、羽黒山麓の門前町「手向(とうげ)集落」の
妻帯修験者や村人たちによって今へと受け継がれてきました。
なかでも冬峰は、手向の妻帯修験者である二人の松聖
(位上と
先途)が、
9月24日から興屋聖に納められた五穀に稲霊の憑依を祈る百日行です。
満願の日となる大晦日には、手向集落の若者衆全員が位上方と先途方に分かれ、松聖の験力を試すさまざまな祭事を行います。それが「松例祭」であり、
大晦日から元旦にかけて夜を徹して行われることから、「歳夜祭」とも言われています。